2021年9月27日月曜日

鎮の明けたのち

 鎮の翌日、再び温泉寺に伺う。

前に書いたかもしれないが、この一週間くらい(もっと?)時差生活を送っていて、気がつくと夜中の2時とか3時に起きるので、白んでくる様子を見て、はたと思い立ち温泉寺に向かう。宿を出たら同じことを考えていた田中さんに出会い2人で早朝温泉寺に向かうことにしました。

参道を歩き、たどり着いた頃には霧が立ち込め、まちは真っ白になっていました。

昨日の公演時も本当に美しく(直前に雨が降ったため)湯気のように立ち上がる中、まちの灯が印象的だったのだが、朝は朝でとても綺麗。本堂の軒下(昨日見つけたちょっと長めの良いスポット)でポーッとしてました。

霧のせいか太陽も真っ白に浮き立ち、その周りに光の輪ができ(それは写真には写っていない)すごいものを見てしまいました。

その後も木と木の間に10メートルくらい開いているのにつないでいる蜘蛛の糸を発見したりしました。(蜘蛛は、どうやってこれを作ったのか謎)光の加減で普段は気がつかないことがあるんだ、ということに気がつきました。風に流される蜘蛛の糸を見ながら、繊細に、しかし確実にそこにある、でも普段は見えないもの、ダンスとはそんなものを見えるようにしていくようなことだったんだなあと思ったりしました。

ちなみに白い太陽さんは、住職の奥さんとさとしくん(色々教えてくれました。住職のお子さんで小学生)も珍しいと話してました。

住職にもお会いし、読経を聞かせていただき、緩やかにお茶をいただき、夢のような幸せな時間を過ごしました。

行うべき時に行うべき場所で、公演を行うことができるというのはこのコロナ下で難しくなっている中、とても贅沢でとても幸せなことです。今回は勝手に豊岡演劇祭オフ企画ですが、勝手にだからできたところもあり、そして、この機会を強引にでも作ることができて良かったと思っています。

このタイミングで、このメンバーで、きちんと鎮(私からしてみると3年前に製作した『死者の書 再読』の再構成版かつ鎮の儀式)を行うことができたことがよかった。また今日から次の33年後に向けての修行の1歩がスタートし、(いや、そこまで生きてるかわからないねという話をあさこさんともしていました。その時は学生田中くんとさとしくんに頑張ってもらいましょう。さとしくんは現在コンテンポラリーダンスを学んでいるそう)日々の糧に戻っていくわけですが、1つの区切りだと感じました。

ここのところ、全ての円が閉じていくように、このために鳥取に来たのかもな、とかこの作品作ってたのだなとかそういう何かを感じるようになりました。

それを住職は縁といい、河合隼雄はコンステレーションと呼んでいる。いろんなものに影響を受け、与え続けている人の営みを感じました。すべてがつながっていくのです。


豊岡満喫したいところですが、普通に学校業務に戻らねば、ということであわあわ戻りました。モンゴル博物館はまた次の機会だな。

2021年9月27日@豊岡 温泉寺

2021年9月26日日曜日

 

このコロナ下ではあるものの、何度か温泉寺に通い、住職にお話をお聞かせいただいたり、祈祷を見させていただきました。毎日繰り返し続ける祈祷は仏様のようにありたいと思い、あれないということを思いつつも少しでも自身を高めていく行為であり、この世のために祈り続けるその姿は舞踊のように美しいと思われました。

毎日同じことを繰り返すので、と言いながら、経本はほとんどみない。毎日繰り返すバーレッスンやストレッチ、身に染み付いた振付に似ています。一方で、それはみられるから行うというものでもなく、見る人がいようといまいと、日々の糧としてただ続いていくだけのことなのです。

コロナウィルス は確かに人命を脅かすものかもしれません。この豊岡でも演劇祭が中止になったり、観光地である城崎温泉も厳しい状況であることが感じらます(鳥取でも同様です)。しかしウィルスもまた生命であり、そこに存在するものであるならば、ある種の必然であったのではないかと最近考えるようになりました。多くの天変地異や温暖化も含め、今の私たちの暮らし方そのものを少しずつ変化させていかねばならないし、今のままではダメだよと仏さまなのか、自然からなのかメッセージを、私たちは受け取っているのではないでしょうか。

古くから伝わるものにはなんらかの大切なものが含まれています。最小限何を大切にしなければいけないのか、住職の毎日のお勤めはそんなことを考えさせられるきっかけになりました。まずは毎日の暮らしを見直してみましょう。この参道の美しさや、季節による虫の声の変化、道を彩るきのこや苔たちに気がつくようになったのは、このコロナ下になって以降のことです。自然の営みはそんなに変わっていないにも関わらず気がつけていなかったことが見えてくるようになりました。豊岡は(そして私が住む鳥取は)自然が豊かに残っている土地であり、自然によって生かされていると感じることができる場所でもあります。気持ちを鎮め、少し歩みをゆるめてみることで見える景色が変わってくると感じます。

この土地に今このタイミングで生まれついているということ、今日、同じ時を過ごしているということはある種の奇跡であり、幸せなことでもあります。大変な状況ではあるものの、それでもお会いできてよかった。お越しくださった皆さま、ありがとうございました。そうして励まされる営みだからこそ、規模は小さくとも、あるいは形を変えたとしてもパフォーミングアーツは続けていかねばならないと強く思っています。

 

次は33年後でしょうか。私はもういないかもしれません。(残念ながら今回関わってくれたスタッフ、お客様の多くも。)それでも、十一面観音さんは静かに微笑み続けるのでしょう。コロナでも、異常気象でも、様々な天変地異は今後も起こっていくとしても、それもまたこの世の理。

それでも今、この瞬間に感謝して。


木野彩子

 

Stuff

照明 三浦あさ子、田中哲哉

記録 田中良子、bozzo

Special Thanks 

小川祐章(温泉寺)




用語解説

温泉寺

温泉寺は道智上人により天平10年(738)に開創された古刹。 その昔、道智上人は衆生済度の大願を発して、諸国をめぐり、養老元年に城崎の地に来て、鎮守・四所明神の神託(夢告げ)により、一千日間ご修行をされ、その功徳あって温泉が湧出したと言う(現在のまんだら湯)。それゆえ城崎温泉は養老4年(720)に開かれたとされ、温泉寺は1300年の長きにわたって人々の営みを見守り続ける存在であったと言える。

温泉寺縁起城崎町指定文化財 )

薬師堂、本堂、多宝塔、奥の院とあり、城崎ロープウェーで結ばれている(現在コロナ下ということで減便中)。本堂は国指定重要文化財。

 

十一面観音

33年に一度3年間開帳される秘仏十一面観音。コロナ下ということもあり本来であれば20214月までの開帳期間を延長し10月末までとなった。この開帳期間、住職は毎日欠かさずお勤めを果たし、寺を開けることなく守り続けているという。なお、大和(奈良)の長谷寺の観音さまと同木同作と言われ、以下のような説話が残されている。

奈良時代の仏師文は大和長谷寺の二丈六尺の十一面観音像を造った時、もう一軀の観音像を造らんとしたが完成せず、そのまま海中に投じたが、後に文が湯治のため城崎を訪れたところ円山川河口近くの田結庄にこの像が漂着していたのに出合った。仏縁の不思議さに感じ、像を完成し、道智上人を迎えて温泉寺を開創したという。(HPより)

 

死者の書再読

木野が20189月に城崎国際アートセンター(KIAC)にて滞在制作を行なって制作した作品。その後12月に鳥取にて公演を行った。

「死者の書」は民俗学者として知られる折口信夫(詩人としては釈迢空として活動)がえがいた長編小説。主人公である郎女に自身がなって書いたとするほど思い入れが深い作品であるが、その内容は難解とされている。この作品の舞台となっているのが二上山、當麻寺(奈良県)で、所蔵している當麻曼陀羅(正式には観無量寿経浄土変相図)及びそこに残る中将姫伝説から着想されたと考えられている。折口自身の恋(同性愛として秘められたものであったと言われる)を重ね合わせていくことで見えてくる部分もあり、小説をベースにしつつ、舞踊化することで、その心情をあらわすことを試みた作品である。

この當麻寺も温泉寺もともに真言宗のお寺(當麻寺は浄土宗と2宗)ということもあり、住職が公演を見にきてくださったことや、その後少しずつお話を伺うようになったのが今回の企画の始まりでもある。中将姫(死者の書では郎女)は滋賀津彦の俤(おもかげ、あえて折口はこの字を当てている)を見、曼荼羅をおるのだが、おもかげとほとけとは等しく、おそらくこの十一面観音さんのような存在だったのではないかと感じてしまう。

あれから3年。今回は見守ってくれていた十一面観音さんにお礼を述べ、これから再び長い眠りにつく前に、想いを鎮めるための会でもある。

 

曼荼羅

曼荼羅とは本来仏教の教えを文章や経で理解できない方のために、図示したもので、かつてはすべて砂で描いていた。その後儀式を簡略化するために布でおるようになったという。「死者の書 再読」取り上げた當麻寺曼荼羅は4MMの大作で、これを中将姫は1日で織り上げた(しかも蓮糸で)というが本当のところはどうだったのだろうか。現在の技術においても熟練した織り師ですら23cm×丈19cmの部分復元模造品を織るのにほぼ40かかるという。(奈良国立博物館『糸のみほとけ展』2018)そのような奇跡も含め、伝説となり、現在の浄土信仰に繋がっている。

多くの糸が多層に重なりながら様々な仏の関係性を示す文様を描いている。その多層性が世界を表しているのであり、多くの横糸は表面上見えなくとも、その存在がなければこの世の中全てが成り立たない、そんな教えを秘めているように思われる。すべての生命が、また物質がそれぞれに必然を持ち存在している。

 

現在木野が制作するプラネタリウム用レクチャーパフォーマンス(11月公開予定)では宇宙の理(マクロコスモス)と身体の理(ミクロコスモス)を重ねて解説しているが、曼荼羅、特に胎蔵曼荼羅の考え方は大日如来を中心におき、それらを解説する図でもある。長らくアジア、東洋の国々では天体の変化と人体への影響を暦や易を用いて読み解いてきた。各宗教、流派ごとに名称等違いはあるものの、自然(宇宙)と人々の命が呼応関係にあり互いに影響しあっているという指摘は共通している。これは自我のある人間社会を中心とした西洋における哲学体系とは全く異なる流れであると考えられる。湯浅泰雄の『身体の宇宙性』はそれらをチベット哲学を中心にまとめ、一般向けにわかりやすく記載している。

また、近年自然科学の面からも、東洋思想の影響を受け、長い時間スパンで進化や生命を捉えようとする「生命誌」(中村桂子による)と呼ばれる研究視点が取り入れられるようになってきている。それらの研究者の多くが南方熊楠や宮澤賢治の思想に影響を受けており、特に南方の提唱する「南方曼陀羅」のようなイメージは人間関係や生態系を多様な視点から捉えるもので、表面的な成果、利潤などにとらわれない、多様なあり方を認めていく必要性が示唆されている。

 


2021926日@温泉寺

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DNA用プログラム文章

 日本では体育の一環として教えられているダンス。健康のために、音楽に合わせて清く正しく美しく。其ノ一では明治期からの女子体育の歴史と大野一雄を、其ノ二では1940年幻の東京オリンピックと体操の大流行を扱ってきました。日本人の集団性が教育の中で養われ、個人の自由な表現は軽視されてしまう傾向があるのは否めません。体育は特に身体から思想全体へと影響を与えてきました。体育がスポーツ化するのに合わせ、ダンスのスポーツ化も進み、すごい身体を目指して追求する人とそれを見る人の分断が進んでいく中、もう一度一人一人が自分の身体と向き合う時ではないかと考えます。2024年パリ五輪ではとうとうダンスが正式種目になりますが、ダンスは競い合うものではなく、お互いの違いを認め合うものであったはずです。優劣をつけるものではなかったはずなのに、いつから選ばれた人のためのものになってしまったのでしょうか。そして誰が何を基準に優劣を判断できるのでしょうか。審査員が?マーケットが?メディアが?世界が?それって、誰ですか?

 

シリーズ第三弾となる本作では、ダンスどころか身体をそして自己を放棄しつつある人類の未来について、考察します。整形などの身体変工から2.5次元ミュージカルの台頭、コスプレをみてみると、何者かへの変身を望み、結果として実体の自分を否定してしまう現代の文化が見えてきます。それは本当に幸せなことなのでしょうか。アバターやバーチャルリアリティに可能性があることは確かですが、全てを自分が、あるいは人間が作り出していると思ってはいないでしょうか。一人一人の身体はこの宇宙の星にもつながっていて、だからこそかけがえのない輝く生命であったはずです。138億年の記憶がこの細胞、DNAに眠っていて、ダンスは元々それらの記憶を辿り、蘇らせるような行為だったのではないでしょうか。だからダンスは文字の生まれる前から途切れることなく続いているのです。私たちはこの身体からしか考えることはできません。身体から一緒に考えてみましょう。この身体で、ライブでなければできないこととは何なのか。ダンスはどこへ向かうのか。プラネタリウムで宇宙の旅に出る特別編。


2021年9月24日@鳥取

2021年9月22日水曜日

2021年9月22日

 昨日のリハで、あまりにも多くのやるべきことが出てきたので急ぎ帰る。(でも朝1のプラネタリウム演目はちゃんとチェックしました)

本当はある程度昨日とおせるような形に持っていってと考えていたので、ここから全ての構成やり直しとか、撮影し直しとか、文章書くとか一人でやっていくのかと思うと途方にくれる。鳥取で行う作業は基本一人で、鎮とこぶし館を同時並行させつつ、授業準備と全てが結局一人で行うほかない自分がいる。

明日は秋分の日。

こぶし館での定点観測を行いながら、春分の日のためのプランを考える。

実はこぶし館でやっていることは地球から見た太陽のお話。みなと科学館でやっているのは宇宙から見た地球のお話。それぞれの空間は地球の運動を示す建造物と、宇宙の運動を表すプラネタリウム。だから両方一緒に学ぶことがいいのだと思う。

さらにいうと、温泉寺の空海さんの言葉がそれを繋いでくれている。『mobius』(2016)で扱った同心円の構造や『死者の書再読』で扱っていた2重構造は、全てつながっていて、宇宙の理に集約できるのではないか。ちょっと間に合っていなくて、最近は突然意識が落ちたりするが、とにかく続ける。でも私の場合は空海さんじゃないかもしれない。(天台宗最澄さんが呼んでたりする)

まずは鎮が9月26日。

2021年9月22日@東京・鳥取



2021年9月21日火曜日

2021年9月21日

 今日は中秋の満月かつ宮澤賢治忌。

そんな中、プラネタリウム実験大会が開催されました。

限られた時間ではあるものの、あらゆる機材を持ち込み、ひたすら実験する。

この空間、ドームに慣れるべく、またここでできることを把握するべく黙々動き、あっという間に時間が過ぎました。

全ての打ち合わせが終わって空を見上げたら、彩雲が出ていて、(本当は太陽で起こる現象ですが、月でも出るんですよと教えてもらう)ちょっといい時を過ごしました。

2021年9月21日@みなと科学館

2021年9月20日月曜日

気がついたらその年になっていたということだけ。

 明日のリハーサルに備えて、上京中。

(今鳥取便は1日2本なので、前泊、後泊せざるを得ない)

前から見たかったアナザーエレジー展を見にいく。70代以上(最高齢は105歳)の女性アーティストのみが選ばれている展示。ボリュームが大きく、疲れてしまったものの、盛り沢山ではあった。

それぞれの国、情勢によりいろいろあるが、かつては女性の活動が認められていなかった時代から、続けてきて近年世に出るようになった作家たちの言葉は、力強い。ただ、評価されるされないではなく、しなければいけなかったから行ってきただけ、あるいは作っているうちに課題が見えてきてしまって作り続けることになっただけ、そんなことを言う。

ただそれだけのこと。


美術作品は残ることもあり、年齢と時代の変化が見えてくるところがあって面白い。一方パフォーミングアーツは?女性が年を取ると見えないものになるという作家がいて、少しわかる。ジェンダーの問題と等しく、年齢の問題は問わねばならない。一方で老害などと言われる、高齢者としての圧迫も。

今の年齢だからこそとても面白く感じる展示だったのかもしれない。

2021年9月20日@東京六本木

2021年9月19日日曜日

鎮とプラネタリウム

 ここしばらく、作品制作を行うときには必ず同時並行に何かを作る。

これは意識があちら側に行って戻ってこないということがないように、という意味もあるし、せざるを得ない時もある。

私が自分で作りたいから作るというだけではなく、今、これを作っておかないと、向こうが作れなくなるとか、ここで投げかけとかないととかそんなこともあるので、散漫になるようだけれど、やっぱり同時並行で作らざるを得なくなる。

ただ、大体、全てがつながっていく。

温泉寺で行う予定の鎮は鎮の舞をイメージしていたのですが、もともとが『死者の書再読』(2018)と『静』(2012−14)なので、曼荼羅や祈りの話になるのです。で、時輪タントラの話などを読むことになり、私の生きている世界と異なるけれどでも連動している世界の話を考えてきました。タペストリーは何層にも重ねられ、表の縦糸しか見えなくとも、その下に様々な模様がある。その見えない部分を扱っているような作品です。

宇宙の話は全く異なるように見えつつも身体のミクロコスモスと宇宙のマクロコスモスをつなげる考え方は長く宗教、哲学に取り入れられており、それこそ曼陀羅に折り込まれてきました。『身体の宇宙性』(湯浅泰雄、岩波書店)など読みながら、ダンスとはその身体の中にある神秘をそれぞれに問う、そんな試みだったはずだなあと思い始め、今あるダンスの形との差異などが見えてきたのでした。

別に仕組んでそうなったわけではないのですが、全てはつながっていく。

それを繋ぐのが私の役割で、それこそコンステレーション(河合隼雄の言葉)。

なので全く異なることを行っているのに、でもそれは同じことだったんだと気がつく、そんな生活が続いています。それは舞台に限らず、人との関係性にも言えること。すべてはつながっていて、自分の意思とは関係なくつながったりつながらなかったりする。それでも、私がいないと崩れるバランスを守りつつ、もう一歩飛び越えなければいけないらしいです。

両方見れる人いるのかな。これはおそらく両方見ると意味がわかる、そういうものだと思われます。死者の書もそうですが、顕と密、陰陽、両方見なければ解けないものがある。きっと、そういうものです。